2019年07月21日

息子と過ごした10年間!

私の息子は、小学校三年生から少年野球チームに入り野球
を始めた。
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息子は、野球のセンスがあったのか、小学校と中学校そし
て高校と、常に4番打者を打たしてもらっていた。
振り返ってみると、数々の思い出が蘇ってくる。
私は、息子は右利きだったが、打者としては左打ちにした。
バッテイングセンスがあったが、足は早い方ではなかった。
3打席連続のライト前ヒットのはずが、ライトゴロですべ
てアウトになってしまい、息子が泣いてしまった事!
息子の代では、市内大会では全大会負けなしの4度の優勝、
息子はMVPを何度ももらった。
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中学校では、2年生でクリンナップを打たしてもらい県大
会に2回出場、3年生ではキャプテンを務めたがチームを
まとめきれずに県大会に出場する事は出来なかったが、選
抜チームに選ばれたり、強化指定選手にも選ばれた。
肩を痛めていても、大会ではテーピングを巻いて投げた事、
肩を痛めずらい投げ方にする為に、トレーナーをつけた事。
小学校と中学校までは、大会前にはティーバッテイングを
一緒にやり、バッテイングセンターによく連れて行った。
私は、息子は高校で野球を続ける事が当たり前だと思って
いたのだが、息子なりに色々考える事があったようである。
そして、息子と話し合いの結果、公立の強豪高校に進学し、
野球部に入部したのである。
しかし、1年生の6月の時に、左肩を骨折してしまい、約
5ヶ月間野球が出来くなり出遅れた。
私は、息子が野球部を辞めてしまうのではないか?そんな
心配もする時期でもあったのである。
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息子は、勉強と部活の両立に苦労しながらも、レギュラー
となり、不動の4番打者としてチームを引っ張っていった。
私は、野球部の保護者会長として、息子と一緒に青春した。
秋には、強豪の浦和学院に勝ち、春にも同じく浦和学院と
延長の接戦で負けたが、息子は本塁打を打った事で、大き
な希望と夢を見るようになったのである。
しかし、集大成の夏の大会では3回戦で負けてしまい、息
子も活躍する事が出来なかった。
今は、ぽっかりと胸に穴が開いてしまった気分である。
今もブログを書きながら、泣いてしまっている。
試合に負けた時は、号泣してしまった。
最後に、3年生全員と握手しながら、泣いてしまった。
息子とは、抱き合って泣いてしまったのである。
長文になってしまったが、未だ未だ書ききれない沢山の思
い出があるが、楽しい10年間を過ごさせてもらった。
息子には、野球を通じて親孝行してもらい感謝感謝である。
そして今回をもって、私の親馬鹿ブログは最後となります。
私の親馬鹿話に、お付き合い頂き有難うございました。

posted by 社長 at 10:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする